東京高等裁判所 昭和28年(う)801号 判決
被告人 加藤久
〔抄 録〕
弁護人の控訴の趣意第一点について。
論旨は、本件被告人の所為は少くとも刑法第三十六条第二項の超過防衛行為に相当し、刑の減免に値するものである、というのである。
よつて按ずるに、原判決挙示の証拠を綜合すれば、被告人が昭和二十七年九月十八日午後十一時三十分頃佐原市田中、松竹館附近道路上でA(当時三十三年)とBとの喧嘩の仲裁をしたことに端を発し、右Aが被告人に打つてかかり、遂には所携の匕首一口を取り出して被告人に立ち向かおうとし、同所に居合せたCにその匕首を取上げられ、ついで間もなく被告人と相前後して同市佐原イ千七百十八番地堀越興行所事務所に連れ込まれ、同所において同興行主Dから両名共意見をせられ、その結果被告人はAと仲直りを約して、同日午後十二時頃連れ立つて右Dを立ち出で、同人方前県道上を銚子方面に向い約六、七十米東進し、同所千七百十九番地時計商E方前附近に差しかかつた際、被告人は右Aと別れて自宅に戻るべく、先に右Aが前記Cに取り上げられ、被告人が保管していたA所有の匕首一口を同人に手渡そうとしたことからここに再び同人との間に喧嘩となり、Aはいきなり、被告人の差し出した匕首の鞘を奪い取り、被告人を押し倒した上これを振つて被告人を殴打し、被告人はこれを避けるため、手元に残つた右匕首を振つて右Aの顔面、左下腹部その他数ケ所に斬りつけ若しくは突き刺して傷害を負わしめた結果同人をして同月二十四日午後十時頃同市佐原イ八十一番地医師F方において左季肋部刺創に基く失血のため死亡するに至らしめたことを認めるに十分であつて、以上の事実関係に徴すれば、被告人の本件傷害の所為は急迫不正の侵害に対し自己を防衛するため己むことを得ざるに出でたものとは認め難く、また防衛の程度を越えた行為としてその刑を減軽又は免除することも相当でないといわなければならない。結局所論は採用し難く、論旨は理由がない。